TheWayHomeOfUs.jpgベイエリアシーンのベテランバンドDefianceの再結成後の初フル『Destroyer 666』(輸入盤)を買いました。元々重厚さのある楽曲で直球の疾走スラッシュ路線ではありませんでしたが、今作はブラストビートの導入など、ブラックメタル寄りの音楽性になっています。
胡乱な表現になりますが、IMPALED NAZARENEをスラッシュメタル色強めにしたような感じでしょうか。個人的に好きな路線とはちと違いますが、これはこれで良い作品だと思います。

さて本日は、みなすきぽぷり先生の『わたしたちのかえりみち』(コアマガジン)のへたレビューです。成人向け部門から既に撤退したジェーシー出版から既刊2冊が出ていますが、今単行本はやっとこさ貯まったメガストアの掲載作を収録したコア初単行本となっています。
凌辱エロとしての即効性の鋭利さと読み手の心にずしりと圧し掛かる遅効性の禍々しさが同居するロリエロ漫画です。

TheWayHomeOfUs1.jpg収録作は、性や恋愛に興味を持ち始めた少女3人がいつもエロ本を立ち読みをしている書店の店主に次々と毒牙に掛けられていく中編「わたしたちのかえりみち」全3話+カバー裏の後日談漫画(←参照 同中編第1話「よりみちかえりみち」より)、および独立短編7作とちょっとしんみりとした気分にもさせられる描き下ろしのおまけ漫画7P。
おまけ漫画を除いて1話・作当りのページ数は16~24P(平均20P弱)と標準的な分量となっています。痛烈な余韻を残すシナリオ展開の凄味と数多の感情と欲望が渦巻くセックスシーンの迫力があり、話の読み応えも濡れ場の満足感も共に高い質と量を有しています。

【心身の未成熟さを強調されるロリータ少女達】
単行本の表紙絵から想像できる通りに、ヒロイン陣は小○校中~高学年のロリータ少女のみで構成されており、二次ロリ属性の有無は今単行本の評価に大きく影響します。
ランドセルや子供パンツ、可愛らしい髪飾りなどの着衣・アクセサリによって強化され、登場する成人男性の体躯に対して小ささや軽さが強調され、薄い胸や細い手足などの要素によって幼さを強調される肢体描写には、侵犯される少女達の儚さや無垢さが強く意識されており、少女性愛の背徳性を存分に強化。
今単行本のキャラクター造形の特徴の一つは、ヒロイン達の幼さが“聖性”としてのみ捉えられるのではなく、無知や愚かしさ、我儘、精神的な弱さといった負の側面を備えるものとして描かれる点でしょう。
TheWayHomeOfUs2.jpg容易に手に入る性的な情報を鵜呑みにして大人の狡知に絡め取られていく中編作の少女、子供であるという立場を利用して逆に大人を馬鹿にして屈従させようとする短編「せんせいきもい」の小生意気な少女(←参照)、降りかかる凌辱の惨禍を友人の責任として詰る女の子を描く短編「くまがでるよ」など、単に読み手に性的快楽を供給してくれる、エロ漫画的に都合の良いだけのキャラ造形とは明瞭に異なる、“等身大の”少女達が作中では描かれます。
彼女たちの怨嗟や嫌悪感、そして諦観といったネガティブな感情表現に鋭さがある分、凌辱者に踏み躙られる純粋さや愛情や友情といった善き感情に重みが生じています。
絵柄に関しては、最古作に至っては10年前の作品(短編「ひみつの探偵?みのもちゃん」)であり単行本通しての安定感はありません。ふわふわとしたタッチが独特の温かみを生む少女漫画寄りの絵柄に比べて、やや重めで印象の異なる旧作での絵柄ですが、決して作画が粗いわけではなく、シナリオパートでもエロシーンでも高い作画力を既に発揮していたことは特記しておきます。

【密度の高い作画・演出に支えられるガチ凌辱】

短編「ひみつの探偵?みのもちゃん」のみ合意の上での教師と生徒との肉体関係が描かれていますが、その他の作品はかなりガチなロリータ凌辱モノであり、肉体的な苦痛と精神的な嫌悪に泣き叫ぶ少女の小さな体を組み伏せて幼い性器やアナルに剛直を捻じ込む様子は極めて攻撃的。
TheWayHomeOfUs3.jpg一方的で自分勝手な快楽と熱狂の言葉、そして少女への侮蔑を喚き散らす男性達と対比的に、少女の側からは心身の苦痛を訴える悲鳴と泣き声が絶叫されており、特に近作における男女双方の濃密な台詞の弾幕は描かれる悲劇の不条理性・悲劇性を強く演出しています(←参照 絵柄の違いにも注目 短編「くまがでるよ」より)。凌辱属性持ちにとっては至高のスパイスではありますが、耐性がない方にとってはかなり陰鬱な気分にさせられる要素であることは確実です。
行為としての暴力性もさることながら、少女達の恋愛感情や友情を逆手に取って凌辱の縛鎖から逃れられなくする精神的なえげつなさも凶悪。
苦悶の表情や小ゴマを多用する密度の高いページ構成、ここぞという時に投入するダイナミックな大ゴマ、質の高い性器描写など、作画力・演出力の高さは実用性を強く下支えしています。
古めの作品も含めて多回戦の構成を取るケースが多く、単に抜き所が豊富という以上に、歪んだ欲望が込められた白濁液が性器や口などを介して少女の存在そのものを汚し、蝕んでいく痛烈さがあり、その様子を連続的に叩き込んでくるスタイルは、事の取り返しのつかなさを読み手に強く意識させます。
力なく横たわる肢体から精液が漏れ出てくる事後の描写や、少女達の心に刻み込まれた傷を描く後味の悪いラストシーンなど、陰惨な雰囲気は最後まで徹底されており、抜き物件として安易に手を出しにくい重さや痛みがあることには要注意。

【“変わらない日常”の悲しみ】

かように純正な惨劇として描かれ、犠牲となった少女達の心の傷を鋭く描き出しながらも、決して全ての希望が断たれた絶望を描く訳でもなく、また悲劇としてのドラマ性も比較的希釈されています。
一部の作品では救済措置的なハッピーエンド寄りの終劇という形で顕れますが、作中で描かれるのは美徳の敗退、または悪徳の勝利といった一種のロマンティシズムを有するものではなく、容易には変化しない“日常の強固さ”だと個人的には思うのです。
TheWayHomeOfUs4.jpgおそらくは回復不可能な精神的外傷を持ち続けたまま自身の生活を続けなければいけない少女達と、罰せられることも賞されることもなく歪んだ悪としてあり続ける男性達の姿は(←参照 中編「わたしたちのかえりみち」第3話より)、個々人にとっての惨劇を内包しながら決して総体として変化しない“日常”の理不尽なまでの強固さそのものであり、溜息が出るような閉塞感と無力感を生み出しています。
そこには、少女達の天真爛漫さも凌辱劇の猛烈な痛みも、日常を何も変容することが出来ない哀しみが通底しており、表層的な甘さや快楽肯定的な要素も読みを深めるにつれて重々しい苦みへと変化します。
絶望の泥沼へと転落していく悲劇的な凌辱エロの比べて、特に中編作で顕著である一種の平和さや明るさ、またはコミカルさすらも感じる様な雰囲気は、それ故に読み手にぬぐい難い違和感を覚えさせ、そこから徐々に禍々しい現実的な痛みが沁み出してくる、作品としての毒性が最大の魅力であり、最大の忌避要因でもあるでしょう。
近い作風としては個人的にはあしか先生を想起するのですが、そこに存在する精密に形成されたファンタジーの美しさが、この作家さんの作風においては嫌気がさす程の現実感に交換されているように感じます。

帯の訴求文で内容に触れてはいますが、パステルカラーな表紙絵から想起されるハッピーロリータ要素はほぼ皆無という猛烈な作品が目白押しとなっているため、このジャンルの初心者な方には勧め難いのは確かでしょう。
そして、弱きものが犠牲となる悲劇と、その惨禍を底に溜めながら厳然として変わらない日常という悲劇を味わいたいという猛者な諸兄には強くプッシュしたい作品です。
個人的には、単にエロとして以上に凌辱劇のリアリスティックな鋭さが何とも言えない余韻を残す短編「くまがでるよ」と中編「わたしたちのかえりみち」が特にお気に入り。